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zoom RSS にわとりが先か?玉子が先か?

<<   作成日時 : 2014/03/20 12:10   >>

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創造のために...
「日々の暮らしから邪魔なものをなくすことが、(創造の)泉を満たす作業に繋がっていく。邪魔な物がなくなれば、そこで再び感覚的なものを生み出す作業に入って行ける。」

(たとえば)「毎日少しずつ映画の脚本を書くというのなら、素早く迅速に一日の僅かな作業をこなしていく
。....汚れ物を洗濯する前に。」

「そうすれば罪悪感から解放されて不安の少ない一日を過ごす事が出来る。」

( )は私が勝手に付け足しましたが...。

ジュリア・キャメロンの著書『Artist's Way』の中で、最近目に留まった文章です。

この二つの文章は、一見矛盾しているようにも思えますね。


パートの仕事を、職場の閉店をきっかけにやめて早、7年。

それ以来、取り立てて求職活動もせず、ずっと専業主婦の私。

もともと美術の勉強をして、創造することが好きだった。

でもやっぱり陥りやすいのは、なんといっても創造活動に対しての罪悪感。

パートで働いているときは、あんな微々たるお給料でも、一応働いてお金を稼いでいる、というのが、家庭でも自分の立ち位置を作っていた。

だからあとは家事をきちんとやれば、その残りの時間は、堂々と創造する作業に当てられた。

でも今は違う。

家事の合間にする創造的作業はすべて、お祭りごと、お遊びなのだ。

少なくとも姑さんにはそう捉えられている。

時代も価値観も違うから仕方がないと思っているけれど、私の立ち場は危ういもの。

私のやっている創造的作業のすべては、義母には不可解なもののようだ。絵筆を執ることもペンを執ることも。

私の作品の前を義母が素通りするとき、明らかに黙殺の空気が漂う。

働きもせず...、という怒りに似た感情があるようだ。

こんなことを気にしていては、何もできないけれどもだが...。


しかし今、現に、家事すら積極的にやれていない。これは更年期だからではない。

それは自分のやりたかったことをやりなさい...という心の声に耳を傾けないせいだ。

さっきのジュリア・キャメロンの言葉を思い出してほしい。

「素早く、迅速に、(創造的な)一日の僅かな作業をこなしていく。ーー汚れ物を洗濯する前に。」

そうです、その通りなんです。

罪悪感から最初に家事をこなして、それから、余った時間を創造的作業にあてる、という順序が間違いなのです。

何が自分の人生の主体か?です。

お義母さんや他の家族に遠慮して、洗濯掃除炊事を万全にこなすことを主体にしていると、創造の時間はわずかしかない。

だからいつも創造の泉が乾いてしまって、その乾いてしまっている状況で、家事などやる気も起きない。

創造ができないから家事にも手が付かないのです。

まず、迅速に、素早く、自分の創造の欲求を満たすこと。これを一日のスタートラインに置くべきなのでした。

そして余った時間で、楽しく家事をするのです。

そのうち罪悪感などどこかへ飛んでいってしまうでしょう。

いい作品が出来れば、売れるかもしれません。

そうしたら遊んでる...なんて言わせません。

あくまでも、創造する者にとっては創造生活の充足が先だったのです。














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